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山口地方裁判所岩国支部 昭和40年(ワ)72号 判決

原告

重本力蔵

被告

竹田唯見

ほか一名

主文

被告竹田唯見は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四〇年八月二二日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用中、原告と被告末広節生との間に生じた分は全部原告の負担とし、その余の分についてはこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告竹田唯見の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告は「被告らは各自原告に対し金一五〇万円およびこれに対する昭和四〇年八月二二日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因および被告らの主張に対する答弁として次のとおり述べた。

一、原告の長男重本主見は昭和四〇年八月二一日午後九時頃、国道第一八八号線を柳井駅方面より岩国駅方面に向け岩国市大字長野荒井洋厳方より自宅(原告方)にリヤカーを引張つて帰る途中、岩国市大字長野一、五二二番地先において、被告竹田唯見が運転し被告末広節生が後部に同乗して、同方向に進行中の第二種原付自転車が右リヤカーの荷台後部右寄りに追突してリヤカーもろとも前記重本主見をはね飛ばし転倒せしめ、よつて脳挫傷により同日午後一一時一〇分頃国立岩国病院において死亡せしめた。

二、被告竹田唯見は事故前まで道路右側を進行していたが、前方より四輪車が対向して来るのに出会い行違いのため急に左側に転進して本件事故を惹起したものであるが、第二種原付自転車を運転するものとしては事故の発生を未然に防止すべき注意義務があり道路幅員は十分な場所であるから双方接触せずに通過するか、もしそれができなければ停止して避譲し、接触のおそれがなくなつてから通過すべき注意義務があるに拘らず、これを尽くさずこれに加え、同人は第二種原付自転車の免許も有せずその技術未熟のためこれを運転すべきでないのに敢て運転したその重大なる過失により本件事故を惹起したのであるから、これにより生じたる損害を賠償すべき義務あるものというべく、次に被告末広節生は本件第二種原付自転車を訴外岡崎博昭(その父所有のもの)より借受けてこれを現実に管理していたものであるが、被告竹田唯見が第二種原付自転車の運転免許を有せず、運転技術未熟であることを知りながらこれに運転せしめたもので、右管理者としては運転免許を有せず、技術未熟なるものには運転せしめないようにする注意義務があるに拘らず、自ら後部に同乗した上、敢てこれに運転せしめたものであつて、被告竹田唯見の重大なる過失による本件事故の原因を作つたものというべく、所詮右被告と共同して本件事故により生じた損害を賠償すべき義務があるものといえる。

三、ところで、訴外亡重本主見の死亡により原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(一)  (得べかりし利益の喪失による損害)訴外亡重本主見は大正五年五月一〇日生で妻子なく母もいないものであるが、原告看護のかたわら訴外阿賀安子方で半日勤務するとともに金属回収をなし月収金一万八、〇〇〇円を得ていたが、死亡により収入皆無となり、残存稼働年数二〇年として合計金四三二万円の得べかりし利益を喪失したことになるところ、これから同人の生活費月額四、五〇〇円として二〇年間の合計金一〇八万円を控除すると結局差引き金三二四万円の損害となるが、これをさらに年五分のホフマン式で中間利息を控除算定すると現在受くべきものとしては金一六二万円の損害を蒙つたことになる。そして原告は同訴外人の父としてその権利を相続承継したものである。

かりに、右主張が認められないとしても、原告は右損害について予備的に次の算定方法による損害金を請求する。即ち、運輸省自動車局保障課自動車損害賠償保障事業査定基準により、一八才以上の者で無験者と同様として少くとも月一万五、九〇〇円程度の収入があるものとして生活費等を差引き各年毎ホフマン式で計算すれば

訴外亡重本主見の場合

(1)  就労可能年数 一三年

(2)  これに対応する係数 九、八二一

(3)  月収 一五、九〇〇円

(4)  生活費等 (1/2) 七、九五〇円

(5)  一ケ月の損害(右(3)-(4)=) 七、九五〇円

(6)  年額 (右(5)×12=) 九五、四〇〇円

(7)  収入減損害額(右(6)×(2)=) 九三六、九二三円

となる。この金九三万六、九二三円の損害賠償請求権を右同様原告は相続承継したものである。

(二)  (慰藉料)原告は妻に先立たれ訴外亡重本主見の扶養看護を受け、同訴外人を頼りにして来ていたものであるが、その他諸般の事情を綜合勘案すると原告の蒙つた精神的損害は金一〇〇万円をもつて慰藉されるのが相当であると思料する。

そこで、原告は右(一)(二)の損害合計金二六二万円もしくは金一九三万六、九二三円の内金一五〇万円を本訴で請求する。

四、なお被告の、本件事故につき被害者にも過失があるとの主張に対し、訴外亡重本主見はリヤカーを引張り灯火で前方を照らしながら道路左側を通行していたもので何らの交通法規違反もなく、過失はない。これに対し被告は後方より追突したものであつて全く被告の一方的しかも重大なる過失によつて惹起されたものといえる。被告の右主張は理由がない。なお被告の高水高等学校から見舞金として金一万円原告に支払われているとの主張に対しては右金一万円を受領した事実は認める。

五、よつて、原告は被告に対し本件損害金の内金一五〇万円およびこれに対する本件事故発生の翌日である昭和四〇年八月二二日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

被告らは「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張事実中一項については、訴外重本主見の進行方向、本件原付が追突したとの点は否認、その余は認める、同二項については、本件原付が被告末広において訴外岡崎より借受けたものであること、被告竹田が無免許運転をしたものであり、被告末広がその事実を知つて車の後部に同乗していたこと、道路の幅員はあること、事故直前対向四輪車とすれ違つたことは認めるが、その余は否認、同三項については、右主見の身分(相続関係)のみ認めその余は否認する。

二、被害者主見は自宅より訴外荒井洋巌方に向け、同人所有で同人より借用中の本件リヤカーに屑物を積み、これを押して(引張つてではない)柳井方面に向つていたもので、当時無灯火であり、かつ道路中央にそい、その右側を違法通行していたところ、双方が正面衝突したものである。当時右主見は右荒井方で同人に売る屑物搬入を交渉したが、右荒井は夜間暗闇ではあり計量ができないから翌日にするよう申したのにかかわらず、勝手に右リヤカーを持出し自宅に帰り右のとおり屑物を積んで荒井方に運んでゆく途中本件被害にあつたものである。

被告竹田は本件原付を運転し道路左側中央寄りを走つていたもので違法通行の事実はなくまた対向車とすれ違うため前照灯をスモールにしていたので、前方照射距離が短く、右主見が押していた無灯火リヤカーの発見がおくれ、違法な右側通行の該リヤカーと衝突したもので過失は双方にある。被告竹田側にのみ重過失ありとの原告主張は事実に反する。

三、被告末広には管理ならびに運転上の過失はなく、被告竹田と共同不法行為とはならない。

四、被害者主見は幼時脳膜炎(かく風評をきく)を患い、知能は低く、小学校在籍の事実もない程でいわゆる一人前の男性としての社会的活動は全くできなかつたものである。右主見の金属回収業という原告の主張も同人がそれらの取引をあたかも普通人程度に行つていたもののように受けとれるが、事実は他人の恵によつて空缶類等を貰い受けていたものでそれによる収入も自己の生活費にすら不足していたものである。右主見は低知能かつ文盲のため各種選挙に投票した事実もなく、また所得税、事業税の課税もなく、市民税中人頭割年額五〇〇円の課税はうけていたがこれを納税したこともない。これらの事実からしても右主見に原告主張の如き収入のなかつた事実は明らかで、いずれにしても原告主張の如き得べかりし利益の喪失といつたことによる損害の発生は考えられない。

五、なお、原告はすでに本件につき本件原付の所有者岡崎より金五万円の交付を受けており、また被告竹田より昭和四〇年九月一一日金一〇万円の交付を受けており、さらにその他高水高等学校(被告通学の学校)より見舞金として金一万円の交付を受けている。

〔証拠関係略〕

理由

一、(本件事故の発生およびその内容)

〔証拠略〕を綜合勘案すると、被告竹田唯見は昭和四〇年八月二一日午後九時頃第二種原付自転車を運転し、後部荷台に被告末広節生を同乗させて柳井市方面から岩国市方面に向い幅員約八・二米の国道を時速約四〇キロメートルで進行中、岩国市通津一、五二二番地猪本育一方附近の左廻りカーブにさしかかり速度を三五キロメートル位に減速して道路中央線右側にはみ出して進行していたところ、折柄前方約二〇〇メートル位の道路右側を軽四輪自動車が対向して来るのを認め、同時にそのライトの明りでその附近道路左側中程を訴外重本主見(当四九年)がリヤカーを押して手前に進行して来るのを認めたので、被告竹田は道路左側に移行しながらそのまま同車と離合しようとしたが、さらに同四輪車とすれ違う直前頃にも自車の約二〇米前方に右リヤカーがなおもそのまま進路を変えないで手前に進行して来ているのを認め、しかも当時同所附近道路は暗く、自車のライトは減光しており、さらに右離合の際は対向車のライトに影響されて前方注視も十分期待できない状況であつたからこのような場合右運転者としてはすべからく、右重本主見が不用意にもそのまま前面至近距離に現れ突嗟の措置もとり得ないまま衝突する等の危険も予想して直ちに一時停止の措置をとるか、前方の見透し状況に応じては、いつでも急停車し得る程度に最徐行しながら十分道路左側に避けて進行する等の措置をとり、もつて右衝突等事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然右リヤカーが右側によけてくれるものと軽信し、前記速度のまま道路左側中央辺を進行した過失により、右リヤカーと約五・七五メートルの至近距離に近接してはじめて衝突の危険を感じ狼狽の余り何らの措置もとり得ず、自車前部を右リヤカーに衝突させ、その衝撃により右重本主見をはね飛ばし、因つて同人に対し脳挫傷の傷害を負わせ、間もなく同日午後一一時一〇分岩国市黒磯四一九番地国立岩国病院において死亡するに至らしめたものである事実を認めるに十分で他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二、(被告竹田唯見の責任について)

そうだとすると、右事実からして本件事故は被告竹田唯見の過失に基づくものであることは明らかで、したがつて同被告が民法七〇九条により右事故により生じた損害を賠償すべき義務あることはいうまでもない。

三、(被告末広節生の責任について)

原告は、被告末広節生は被告竹田が無免許でかつ運転技術未熟であることを知りながら、他から単車を借り受け保管中、敢て被告竹田にそれを運転使用させ、よつて本件事故発生の原因を作出せしめたのであるから、被告末広も被告竹田とともに本件事故の責任を負担すべきものであると主張する。成程前掲各証拠によると、被告末広(当時柳井高校二年生)は本件事故当日柳井市の友人宅に単車で遊びに行くよう被告竹田を誘い、単車を入手すべく両名で友人訴外岡崎博昭方を訪れて被告末広において同訴外人と接渉の末右単車を借り受け、間もなく同日午後六時過ぎ頃、双方とも無免許でしかもそのことを十分知りながら互に交替運転で柳井市に赴き、その後同じく交替運転で今度は柳井市から岩国への帰途、丁度被告竹田の運転中前記日時場所で本件事故を惹起したものであること、しかも同事故が被告竹田の無免許と全く無関係であるともいい難いことが明らかで、このことからすると、確かに被告末広は被告竹田に同被告が無免許であることを知りながら本件単車を運転使用することを容易にさせ、延いては本件事故発生の遠因を作出したものであるとみられなくもなく、この点は原告の主張をあながち否定できない。

しかしながら、元来数人の過失が共同して一個の重大な結果を惹起したというようないわゆる共同不法行為の場合でも、勿論各人の行為はそれぞれその発生した結果との間に因果関係を必要とし、しかもそれは相当なもの、つまり各行為者において当該具体的な場合社会通念に照らし、通常その結果発生を予見し得べきものとみられるような場合でなければならないものと解すべきはいうまでもない。そうでないと数人の行為が連鎖的に関連して一個の重大なる結果を生じたというような場合各行為者の中には全く予見し難いような結果についてまで責任を負わされるというような場合も生じ、過失の範囲を不当に拡張する結果にもなる。ところで、本件の場合被告竹田は確かに無免許ではあつたが、前掲各証拠によると、中学校時代に一応技術の修得は受けており、また過去に度々運転経験もあり、特に運転技術が未熟であつたこと、就中被告末広においてそれを諒知していたものと認めるに足る証拠はないのみならず、前記認定事実によると本件事故は明らかに被告竹田の前方注視、徐行、一時停止等の運転上の注意義務懈怠によるもので、ごく常識的に遵守さるべき事柄についての同被告のいわゆる「用心深さ」の欠如に基づくものとみられ、特に被告竹田の無免許運転技術の未熟等に具体的に関連して惹起されたものとはみられず、また被告末広が被告竹田に本件無免許運転を特に慫慂したというような事実も認められない。そうだとすると右の如き場合、被告末広は単に被告竹田が無免許であることを知りながら他から単車を借り受けて同被告に事実上運転使用させることを容易にしたということによつて、果たして無免許運転と具体的な関連のない本件の如き結果の発生まで予見し得べきものであつたといえるかどうかという点であるが、このような行為結果の因果の蓋然性は必ずしも定型的もしくは通常一般的なものとは認め難く、社会通念に照し高度の蓋然性をもつて通常客観的に予見し得べき事柄とは認め難い。

しからば所詮被告末広の前記行為をもつてしてはなお本件事故の原因たる過失行為に該当するものとは認め難いことになり、したがつて同事故によつて発生した結果については同被告はその責任を負担しないものといわざるを得ない。

四、(本件損害について)

(一)  得べかりし利益の喪失による損害の点について

原告は本件事故による損害として本件被害者訴外亡重本主見の生前の金属回収業等による得べかりし利益の喪失による損害の発生を主張している。しかしながら〔証拠略〕を綜合勘案すると、本件被害者訴外亡重本主見は事故当時四九才の男子であつたが、三才の頃脳膜炎を患い小学校も一、二年程度しか行つてなく知能低劣で定職なく、青年に達してからもほとんど親兄弟に扶養され、自らは古鉄、ブリキ、ボロ等を拾い集めて他に売るか時たま金属回収業者のもとで半日位働き、三〇〇円程度の日当を稼いだりしていた程度でいずれにしてもこれらによる収入は自らの小使銭を満たし、若干の身の廻り品を買い得る程度のもので到底通常の必要的な生活費にも満たない状況であり、しかもこのような状況は、将来も変らなかつたであろう事実を認めるに十分で、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうだとすると、右事実からして本件被害者訴外亡重本主見には当時ほぼ常態的に若干の収入があつたことはうかがえるも少くとも同人の経常的生活費をこえる程の収入が継続してあつたものとは認め難く、したがつて右収入の存在を前提とする原告の前記得べかりし利益の喪失による損害の主張はさらにその余の点について判断するまでもなく、すべて理由なきに帰する。

(二)  慰藉料の点について

〔証拠略〕によると原告は本件被害者訴外亡重本主見の実父で、同被害者の母親はすでに死亡していなく原告が幼いときから右被害者を特に可愛がつて来ていた事実がうかがえるところ、これらの事実にさらに前記本件事故の態様、右被害者の過失の程度内容、また同被害者の本件死亡前の生活状況、さらにまた、〔証拠略〕により明らかな、被告竹田はすでに原告に本件損害金の支払として合計金一二万円の支払をなしていること、そして同被告は現在なお未成年者で格別の資産はなく、昭和四三年一月頃より他に勤めて月収一万五、〇〇〇円程度の乏しい収入を得ているが本件被害者に対する賠償の誠意は認められること等、その他本件証拠上明らかな諸般の状況を綜合勘案すると、原告主張の金一〇〇万円の請求は原告に対する右慰藉料額としては相当なものと認められるので全部これを認容すべきものとする。

五、(結論)

そうだとすると、右説示した理由により結局、被告竹田唯見は原告に対し本件不法行為による損害賠償として前記慰藉料金一〇〇万円およびこれに対する本件事故発生の翌日である昭和四〇年八月二二日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきで、原告の本訴請求は右の限度で理由がありこれを認容すべく、原告その余の請求は理由がないのでこれを棄却すべきものとし、よつて訴訟費用の負担につき、民訴法九二条、九三条を仮執行の宣言につき、同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺伸平)

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